日本から世界へ、良質なコーヒーを広めている起業家がいる。
「小説や映画の世界でもコーヒーは常に登場しますよね。生活への浸透度があって、人と人をつなぐ存在となっている。誰にでもおいしいコーヒーを淹れられるようになってほしいというのが僕の願いです」
そう語るのは2016年、世界中から勝ち抜いたバリスタが集う最高峰の国際大会、WORLD BREWERS CUPで優勝した、粕谷哲氏だ。アジア人として初めてのチャンピオンになった。大手コンビニエンスストアチェーンが全国で販売するレギュラーコーヒーの監修もしている。
ペン先の卸売りを生業にした祖父から続く、文具商の三代目。筆記具にこだわる下町の店。そう聞けば、誰もが気難しい店主を想像するかもしれない。しかし、職人気質の頑固さや、デジタルの波に抗うような焦燥感は、広瀬氏からは一切感じられない。むしろ真逆の印象だ。柔和な表情と、穏やかな語り口は、「カキモリ」の世界観そのものだ。
「『カキモリ』の店名の由来は、たのしく書く人、「書き人」という意味から来ています。ですから筆記具でも、すごくラグジュアリーなものや、マニアックな品揃えではなく、興味のない人でも気軽に来店して、『久しぶりに、ちょっと書いてみたいな』という気持ちになってもらえるような品揃えを目指しています」。
まるでカフェかブティックを思わせる外観に、天井の高い開放的な店内。商品は、独特な丸みを帯びたインクボトルや、素材にこだわった紙やペン。それぞれが、思わず触れたくなる魅力を持っている。そして、不思議と何か書いてみたくなる衝動に利き手をくすぐられる。
幼少のころから数字や勉強が好きだった少年は、歳を重ね大学院でファイナンスを専攻し、ITコンサルティング企業に就職した。だが順風満帆だったキャリアの途上に、病魔が潜んでいた。体重がみるみる減少し、異常にのどが渇いた。I型糖尿病と診断された。
「コーヒーとの出会いはほんと偶然なんです。糖尿病でも飲めるものは何かと調べたら、コーヒーだったんです。入院中に退屈していたこともあり、コーヒー機材を一式購入して、初めてコーヒーを淹れてみました」
これが粕谷氏の人生を大きく変える最初の一杯となった。
「教わったとおりに淹れたこのときの一杯が、ものすごく不味かったんです。コーヒーを淹れる過程において、想像や理想と現実にギャップが生じるところに探求心を掻き立てられました」
コーヒーの完成までには豆の選定、焙煎、豆挽き、ドリップなどのプロセスがある。よりよい一杯にたどり着くためには、各プロセスで仮設を立て、検証を繰り返す必要があると感じた。もとから数字や分析をすることが好きだった粕谷氏は、コーヒーの世界にのめり込んでいった。
「あのときの一杯から、今までずっと続いています。どうやったらもっと美味しくなるのかなって。」
ITビジネスの世界からバリスタの世界に転じた粕谷氏は、なぜ世界大会を目指し、どのように世界一の座まで登りつめたのだろうか。
「病を機に、人はいつか死ぬんだと思ったときに、この人生を何かに役立てたいと思ったんです。そんなとき、豆の買い付けで足を運んだグアテマラやホンジュラスのコーヒー農園で、生産者や労働者の方から、生活に苦労している様子を聞き、この人たちのために役立ちたいと、強く思うようになりました。コーヒーという文化を通じて、生産者も幸せにできるよう、バリスタとして有名になろうと思いました」
コーヒーを淹れる技術や知識だけでなく、コーヒーの魅力や楽しみをプレゼンテーションする能力も試されるコンペティションで、粕谷氏は”誰にでもおいしく淹れられる”シンプルなメソッドで勝負した。「それまでの国際大会は、バリスタが自分の知識や特化した技術を披露する場だったんですが、僕はこの方法なら誰でも美味しいコーヒーが淹れられるんだという、自身で考案した4:6メソッドをプレゼンしました。」
粕谷氏が、飽くなき探求の上にたどり着いた4:6メソッドとは、こうだ。
コーヒー豆の重量に対し、15倍の分量のお湯を用意する。お湯全体の量を4:6に分け、最初の40%のお湯で味の中心となる甘味や酸味などを調整する。そして、味の中心を決めたら、残りの60%のお湯でコーヒーの濃さを調節するというもの。
「非常にシンプルですが、試行錯誤の上にたどり着いたメソッドで、誰にでも完璧なコーヒーを楽しんでもらえる方法です。」
世界の頂点に立った粕谷氏は今、船橋市に焙煎所とカフェ「PHILOCOFFEA(フィロコフィア)」を構えている。約1年前に、コーヒー豆の世界販売を始めた。「SNSなどで僕のことを知ってくれた海外の方から注文が来ています」
最高のコーヒーを届けるためにはスピードが欠かせない。
「海外販売って、もっと難しく時間がかかるイメージでした。でも実際に始めてみると、シンプルで手軽でしたね。DHLエクスプレスを利用することで世界が近くなったと感じています」
コーヒー豆のビジネスにおいて、フレッシュであることを重視している粕谷氏は、作り置きはせず焙煎の頻度を高くして、焙煎したての豆を出荷している。
「焙煎したての豆が、日本国内と同じようなリードタイムで海外のお客様に届けられるのはすごいことだと思います。カスタマーレビューでも、スピーディーな配送への評価も多いです。これはDHLのおかげだと思っています」
Eコマースを武器に、海外へ販路を拡大する粕谷氏の目標は、日本を代表するコーヒーショップになること。
「ノルウェーやデンマーク、イタリアなど、欧州各国にはその国を代表するカフェがあって、『この国といえばここ』というように世界的に認知されている有名なコーヒーショップがあるんです。ですから、『日本のコーヒーといえば、PHILOCOFFEA』というような、日本を代表するようなコーヒーショップになりたい。日本に来たらPHILOCOFFEAのコーヒーをお土産に買ってもらえるような」
「PHILOCOFFEAという社名は、哲学の『フィロソフィー』と、コーヒーの木を意味する『コフィア』から来ています。一杯のコーヒーだけじゃなくて、コーヒーツリーから始まるコーヒー産業全体を考えた社名なんです。コーヒー産業って、一本のコーヒーの木からすべて始まっていますから」
コーヒーの木から始まり、カップへ注がれる一杯まで。コーヒーのライフサイクル全体を深く考えている粕谷氏のコーヒーは、味わう者から生産者までを笑顔にする。
株式会社 Philocoffea
〒273-0005 千葉県船橋市本町2丁目3番地29号